FC2ブログ
     


生後3ヶ月の時に福島からご家族とテニアンに渡り、東ハゴイ、チューロとお住まいでしたが、悪夢のような戦火の中奇跡のように生き延びられて11歳の時に終戦をチューロキャンプで迎えられた、イトウさんです。
ご家族5人をテニアンで亡くされましたが、イトウさんは帰国後、家業のリンゴ園を営み、慰霊と懐かしい幼少時代を過ごしたテニアンに奥様と共に毎年のように訪れます。 羅宗はイトウさんにとって想い出深い、懐かしい場所でもあります。


  

イトウさんの書かれた自叙伝「慟哭のテニアン島」。慟哭とは声を出して激しく泣くことだそうです。私は漢字の意味も読み方も知りませんでした。幸せな生温い時代に育ったからでしょうか。
イトウさんはテニアン公立図書館に、ご本を寄付してくださいました。図書館で「ミスター ヒサオ・イトウ」の本と言えばわかると思います。

  

図書館にあるチューロキャンプ跡の写真を見ると、椅子の上に乗って(写真が飾ってあるのが高すぎる)「ここが交番で、その横の道の向かいに自分の家があった。」と覚えている限りのチューロの様子を細かに説明してくださった。もっと聞いていたかったけどー、時間がないので「イトウさん、そろそろドライブ行かないと時間がないんです。」と渋々図書館を後にしたのです。
  
 
  

羅宗では一面のアサヒカズラと野朝顔が私たちを歓迎してくれました。

前日は久々に羅宗台地の南尾根のハイクに行ったばかりでしたが、そのハイクのリポートはハイクス オン テニアンに後日アップします。
  

   
        

  



 
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://michi008.blog128.fc2.com/tb.php/88-bbcb158f