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グアムのローラ叔母さんが亡くなった。

写真は1984年のクリスマスからお正月にかけて我が家に滞在、楽しいホリデーシーズンを一緒にに過ごした時のもの。先に亡くなったご主人のピート叔父さんと抱っこされているのは長女のエリカ。
その後家族でグアムからテニアンに引越し、しばらくの間テニアンで生活をしていたが近年またグアムに戻っていた。

叔母さんは口調が優しく、でもとってもよく喋る。なんと16人にお子達を産んで育て上げた!叔父さんも複数の仕事をしておばさんも学校の給食係を長年勤め、あとはアメリカの補助「フードスタンプ」の支給を受けながら家族を支えてきた。初めて合った時に叔母さんから聞いた話。チャモロとばかり思っていたら実は叔母さんはフィリピン人だった。15歳の時、フィリピンの出稼ぎの斡旋をしている事務所に行き、十数人のフィリピン人が部屋に一列に並んでいたそう。斡旋のエージェントをしている人が「グアムに行きたい人、手を上げて」と言ったので手を上げたという。グアムがどこにあるのか何も知らなかったそうなので、無鉄砲もいいところだったと自分でも思っていたはず。それがグアムに来たきっかけ。その後家政婦としての仕事が始まりそのままグアムに永住、2度と母国に帰らなかったらしい。

叔母さんと最後に会ったのは2年前の市長の選挙の当日のパーティーで。現市長は「デラクルス」で親戚だった。私もテニアンに住んで30年経とうとしている。ローラ叔母さんの死で一つの時代の区切りが終わったような気がする。

ローラ叔母さん安らかに。叔母さんを妻として母として尊敬しています。天国のピート叔父さんと家族をお守りください。ありがとう。


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